開経偈 唱和
イラクに民主的な政権ができましたが、相変わらずテロリズムの活動もあって、治安の維持にかなり苦しんでいるようではありますが、私は相対的に見まして、アフガニスタンにタリバン政権が支配をしていたとか、あるいはイラクにおいてフセインの政権が独裁制を敷いていたという状況に比べると、世界の情勢はだいぶよくなったと、そういう見方をしております。
イラクにも曲がりなりにも民主的な政権ができまして、それに反対するイスラム系の人々の自殺を中心にした爆破の事件が頻繁に起こっているようでありますが、やはりタリバン政権が支配していた時代のアフガニスタンとか、フセイン政権が支配していたイラクの状態に比べると、地球の表面の状況はかなりよくなってきているという見方をしております。
なぜそういう変化がいいほうに向かっているというふうに判断するかといいますと、私は人類の歴史というものは人間を中心にした文化が発達するという経過を何千年も前から、あるいは何万年も前から続けてきているという見方をしております。
今日の世界の大勢というものは、古代のギリシャ・ローマに始まりました人間を大切にする文化がさまざまの違った思想と闘いながら勝ち抜いて今日の世界の情勢を築いていると、こういう見方をしておりまして、その世界の流れというものは今後も続くであろうという見方をしております。そして人類はやがて人間を中心にした文化の世界を確立するだろう。そのときに基準になる思想として、現実を中心にした仏教哲学が非常に大きな意味を持つはずだと、そういう見方で仏教を勉強し、また『正蔵眼蔵』の講義をしているということが実情だというふうに考えているわけであります。
ですからそういう点で私は、前に進んだり、後退したり、人類の歴史というものはさまざまの変化をしておりますが、長い眼で見るといいほうに向かっている、人類はけっしてばかでなかったと、非常にすばらしい文化を少しずつ築き上げつつあるというふうな見方をしているというのが実情であります。
それではまたこの『正蔵眼蔵』の本のほうに入ってまいりますと、きょうは「都機」という巻の一二ページのところからになるかと思います。
この「都機」という巻では、月という天体を例に取りながら、われわれの生きているこの世界がどういう性格の世界かというふうな説明が行われているわけですが、この「都機」の巻では、この世の中の一切のものが相対的な関係だという主張が行われております。
きょうやりますところでも、月が大空に照っている夜に、たまたま雲がかかっておりまして、その雲が風に吹かれて非常に速い速さで動いている場合には、月のほうが動かずに、雲が動いているわけでありますが、見方によっては月が雲の間を動いているというふうに見える場合もあるわけであります。
この世の中の一切のものがそういう相対的な関係があって、そういう相対的な関係の変化の中にわれわれの生きている世界があり、自然があるというふうな実情があるわけでありますが、仏教哲学では非常に古い時代からそのことに気づいていて、きょうやりますところでも、雲が動くということと月が動くように見えるということとがこの世の中には実際にあるし、舟が川を動いて行く場合にも、舟が動いているのではなしに岸が動いているように見える場合もあるというふうな説明を通して、われわれの生きている世界がさまざまのものの相対関係だと、こういう主張が行なわれているわけであります。
近代の物理学では、アインシュタインという学者が相対性原理という考え方を発表し、それが一般に物理学の世界で受け入れられたわけでありますが、そういう近代物理学において主張されている相対性原理というものと、雲が風に吹かれて速く動いていると月が動いているように見えるというふうな事象と、恐らく密接な関係があるのではないかというふうな見方をしているわけであります。
そういう点では、仏教思想が含んでいる思想というものは、今日のものの考え方からしましても、かなり水準の高い教えを説いているということがありまして、そういう点に仏教哲学の価値が含まれているという見方をしております。
それはどういうことかといいますと、本当の真実というものは理屈の上でも理屈にかなっていると、こういう事情があるわけであります。
一般に宗教の問題をとらえる場合に、この世の中は確かに理屈があるかもしれないけれども、理屈の通らないものがあるという主張が非常に多い。科学の思想も大切かもしれないけど、科学で全般が解決できるとは思わないという思想のほうが一般の社会には強いわけでありますが、仏教ではむしろ逆に、この世の中の一切が理論に支配されていると、そういう主張が含まれておりまして、私はそういう徹底した一つの哲学思想の中に本当のものがあると。
だから釈尊のお説きになった教えがこの世の中のさまざまの哲学の中のたった一つの真実だと、そういう見方をしておりまして、そういう観点からこの『正蔵眼蔵』という本も読んでいくべきだという見方をしております。
それでは一二ページのところを読んでいきますと、「釈迦無牟尼仏告金剛蔵菩薩言、譬如動目能揺湛水、又如定眼猶廻転 火、雲駛月運、舟行岸移亦復如是」
この引用は『大方広円覚修多羅了義経』という経典の中からの引用でありますが、釈尊が金剛蔵菩薩という仏道修行者に次のように述べた。「譬エバ動目ノ能ク湛水ヲ揺スガ如ク」、これはどういうことを意味するかといいますと、「湛水」というのは動かないでジーッとしている水という意味であります。たとえば池とか湖水とかに水があるわけでありますが、その水といえども、自分の眼を動かすと水が動いているように見える。だからそういう点では、自分の眼の動きと水の止まっているか動いているかというふうな情景とは密接な関係がある。
そうして、「又定眼ノ猶火ヲ廻転スルガ如ク」、ジーッと眼が動かずに一定の場所を見ているときには、火というものが絶えず燃え盛って動いているということが逆にわかる。
したがって、この世の中の一切のものが、ものの見方によって、動いて見える場合もあれば、止まって見える場合もある。そういう点では、見る眼の働きと事実との相互関係でこの世の中が出来上がっているという考え方を述べているわけであります。
したがって、「雲駛レバ月運ビ」というのは、大空に輝いている月は、本来は動いていないというふうな見方のほうが雲との関係では正しいと思われるのであるけれども、風が強くて雲がどんどん動いているときには、雲の間を月が動いているように見える。
「舟行ケバ岸移ルモ岸移ルモ亦復是ノ如シ」、舟が川の流れの中を動いて行くと、岸というものは本来動かないものだというふうに考えられているけれども、船が動いて行くと岸がどんどん後ろのほうに動いて行っているようにも見える。
仏教思想には古い時代からこういう相対的にこの世の中を見るという考え方がありまして、その一つの例を引用された上で道元禅師が解説をしておられるわけであります。
「いま仏演説の雲駛月運、舟行岸移、あきらめ参究すべし、倉卒に学すべからず、凡情に順ずべからず」、いま釈尊が、雲が風に吹かれて動くと月が動いているように見えるとか、舟が川の流れを動いているときには岸が移っているように見えるというふうな主張があるけれども、この考え方というものを、「あきらめ参究すべし」、徹底的に勉強してはっきり理解する必要がある。「倉卒に学すべからず」、慌てた態度で勉強すべきではない。「凡情に順ずべからず」、またわれわれの普通のものの考え方に従って、月が動くなんていうことはあり得ないとか、岸が動くなんていうことはあり得ないというふな見方をすべきではない。
「しかあるに、この仏説を仏説のごとく見聞するものまれなり」、ところがこの釈尊の教えに対して、釈尊がお説きになっているような意味で見たり聞いたする人間というものは非常に少ない。
「もしよく仏説のごとく学習するといふは、円覚、かならずしも身心にあらず、菩提・涅槃にあらず」、よく釈尊の教えに従ってこの理論を勉強するということがどういうことを意味するかというと、釈尊の教えが説いている完全な真実というものは、「かならずしも身心にあらず」、体がどうこうとか心がどうこうとかいう問題と違う。
これはどういうことを意味するかというと、人間の思想の中には、この世の中は物の世界だ、したがってこの世の中の実体というものとわれわれの肉体というものとが密接に関係しているという考え方もあるわけであります。
ただ別の考え方では、肉体的なもの、物質的なものは本当の真実ではない、心の世界のほうが真実だという考え方もあって、この世の中のものの見方は体が中心か心が中心かという考え方があるけれども、仏道の立場では、体が中心だとか、心が中心だとかいう考え方をしない。そのことを「円覚、かならずしも身心にあらず」。
「菩提・涅槃にあらず」、また、仏道の世界では「菩提」という言葉を使って真実というものを説く、あるいは「涅槃」という言葉を使ってこの世の中は非常に安定した落ち着いた状態というものを説くけれども、それも人間の解釈であって、われわれの生きている現実が「真実」という言葉だけで表現できるのか、あるいは「涅槃」という安定した状況だけで説明できるのかというと、必ずしもそうではない。
「菩提・涅槃、かならずしも円覚にあらず、身心にあらざるなり」、仏教では「菩提」という言葉で真実というものを説き、あるいは「涅槃」という言葉で安定した静かな境地というものを説いているけれども、それらが釈尊のお説きになった真実と常に一致しているとは限らない。それが「かならずしも円覚にあらず」。「身心にあらざるなり」、そうかといって、普通に人間が考えているように、この世の中は物質を基礎にした世界であるとか、この世の中は精神を中心にした世界であるとかいうふうな考え方も真実ではない。
「いま如来道の雲駛月運、舟行岸移は、雲駛のとき月運なり、舟行のとき岸移なり」、ここで釈尊が雲が動けば月が動いているように見える、舟が動けば岸が動いているように見えるという考え方は、「雲駛月運なり」、雲が動いているということと月が動いているということとは同時に起きる事実である。つまり、雲と月との関係は相対関係である。そのことを「雲駛月運なり」。だから雲が動くということと月が動くということとは一つのときにおける二つのものの相対関係である。「舟行のとき岸移なり」、舟が動いているときに岸が動くというのも、舟が動くという事実と岸が動くという事実とが両方同時に存在しているということを主張して、そのことは舟と岸とも相対関係にあると、こういう主張であります。
「いふ宗旨は、雲と月と同時同道して、同歩同運すること、始終にあらず、前後にあらず」、そこで、いまここで述べている理論というものは、雲と月とは同じ現在の瞬間において両方が動いている。「同歩同運すること」、同じような動きをし、同じような相互関係を示しているということは、「始終にあらず」、時間的な経過の中で物が動いているということではない。現在の瞬間において月と雲との関係があり、岸と舟との関係があるということが実情である。
そこで、「始終にあらず、前後にあらず」、つまり二つのものの相対関係が現在の瞬間において行なわれている、あるということを述べているわけであります。「始終にあらず、前後にあらず」というのは、長い時間を頭に置いて両方が変化するという趣旨ではない。現在の瞬間における二つのものの相互関係だと、こういう主張をしておられるわけであります。
「舟と岸と同時同道して、同歩同運すること、起止にあらず、流転にあらず」、そこで、この世の中の一切のものは相互関係の中に置かれていて、舟と岸とも同時に現在の瞬間において動いている。舟と岸が両方とも相互関係で動いているということは、「起止にあらば、流転にあらず」、長い時間の中で、始まったとか、止まったとかいう時間系列の中の出来事ではない。また、動いているということについても、過去・現在・未来という長くつながった時間の中で動いているということではない、現在の瞬間における相対関係がこの世の中の実情だと、こういう主張であります。
こういう考え方というものは、今日のわれわれの思想の中でもかなり物事をよく考える立場からでないと出て来ないわけでありますが、こういう思想が古代インドにおいてはすでに発生していた。その教えが長々とさまざまの人々によって受け継がれて、十三世紀の日本の哲学者である道元禅師にとっても、真実として受け入れられているということが事実であって、その点では、仏教哲学の思想的な高さというものはわれわれが普通に常識的に理解する範囲をはるかにこえている。
われわれは二十一世紀に生きていて、数学も勉強している、物理学も多少勉強している、さまざまの文学も知っている、欧米の文化もかなりよく勉強した。だからわれわれの脳細胞の働きは十三世紀の道元禅師より上だというような考え方が当然ある。しかし実情はそうではない。本当のことを知っておられる方と適当な常識的な考え方で満足している人々との違いというものは、時代の前後にかかわらず人間の文化の中にはあるということが事実でありまして、そういう点では、ここに書かれているような一切のものが現在の瞬間における相対関係であるというふうな思想は、この文章の中には明確に述べられていますが、この考え方をわれわれが日常生活の中で常に持っているかというと、持っている方もおられるかもしれないけれども、必ずしも全員がそういう考え方をはっきり持っているというふうな事情ではないということもいえるわけであります。
そこで、「たとひ人の行を学すとも、人の行は起止にあらず、起止の行は人にあらざるなり」、したがって、人間が歩いて行く、動いて行くという場合でも、人間が動いて行く、歩いて行くということは、時間系列の中で始まった、止まったという関係ではない。「起」というのは物事が始まるということ、「止」というのは止まるということ。だから人間の動きというものも現在の瞬間の事実でしかないと、こういう主張であります。
これは仏教哲学の一つの中心的な思想でありますが、道元禅師は明確にその仏教理論を頭に置いておられたから、「人の行は起止にあらず、起止の行は人にあらざるなり」、人間の歩くということが始まった、止まったということは、頭で問題を考えた場合にそういう理解ができるだけのことであって、現在の人間が歩いているという情景は、現在の時間において人間が行ないを実行しているということであって、過去・現在・未来という長い線のようにつながった時間の中で人間が動いているということが実情ではない。人間の動きというものも常に現在の瞬間における事実だと、こういう主張を述べておられるわけであります。
「起止を挙揚して人の行に比量することなかれ」、そこで、長い時間系列の中で、始まった、止まったというふうな考え方を取り上げて、人間が動いて行くという状況と比較して考えてはならない。
「雲の駛も、月の運も、舟の行も、岸の移も、みなかくのごとし」、だから雲の動きも、月の動きも、舟の動きも、岸の動きも、すべて現在の瞬間における相対関係である。
「おろかに小量の見に局量することなかれ」、そこで、人間の非常に狭い考え方で、雲が動いているとか、月が動いているとか、舟が動いているとか、岸が動いているとかいうふうな考え方を取り上げて、狭い範囲の見方で問題を理解してはならない。
「雲の駛は東西南北をとはず、月の運は昼夜古今に休息なき宗旨、わすれざるべし」、その点では、雲というものも現在の瞬間瞬間において東西南北というふうな方向を限定せずに動いている。月の動きというものも、昼だから動く、夜だから動く、昔は動いた、いまは動かないというふうな時間における変化ではなしに、現在の瞬間において絶えず動いている。そういう一切のものは現在の瞬間において動いているという実情を忘れてはならない。
「舟の行、および岸の移、ともに三世にかかはれず、よく三世を使用するものなり」、そこで、舟が動くという事実も、あるいは岸が動くという事実も、両方とも過去・現在・未来という横に並んだ時間系列の中で行われているわけではない。「三世にかかはれず」というのは、過去・現在・未来という時間系列の中で動いているのではなしに、一切のものは現在の瞬間において動いているにすぎない。そして、「よく三世を使用するものなり」、現在の瞬間の動きであればこそ、この世の中の本当の実情としてわれわれのとらえることの事実が現れてくるのである。
「このゆゑに直至如今飽不飢なり」、そこで、こういう考え方で現在の瞬間に生きるという考え方を持つ限り、人間は絶えず現実の世界の中に生きることができて、一切のものに満足して不満を持つことがない。「直ニ如今ニ至ル」というのは、「如今」というのは現在の瞬間。人間は何かを実行することによって現在の瞬間において生きるということが実情であって、現在の瞬間に生きているということは、一切のものに満足して不平不満のないことだ。そのことを「直ニ如今ニ至リテ飽キテ飢エズ」という表現をされているわけであります。
さらに一五ページのところにいきますと、「しかあるを愚人おもはくは、雲のはしるによりて、うごかざる月をうごくとみる、舟のゆくによりて、うつらざる岸をうつるとみゆると見解せり」、ところが愚かな人々は、一切のものが現在の瞬間における実情だという考え方をしない。そこで時間系列の中で問題を考えて、「雲のはしるによりて、うごかざる月をうごくとみる」、雲が動いているから、本来は動いていない月が動いているんだというふうな解釈をする。「舟のゆくによりて、うつらざる岸をうつるとみゆると見解せり」、舟が動いているから、本当は動いていない岸が動いているというふうに見るという理解をしている。
しかし、道元禅師のご理解からすると、この考え方は間違いだ。この世の中の一切のものは相対関係にあるから、舟が動いているという事実と月が映っているということとは同時にわれわれに見えるということが実情だ。雲がはしるということによって、月も同時に動いているように見えるという現在の瞬間の実情がわれわれの生きている世界の実情である。
そこで道元禅師が「もし愚人のいふがごとくならんは、いかでか如来の道ならん」、愚かな人々がいうように、本来月は動いていないんだけれども、周囲の雲が動いているから月が動いているように見えるんだという考え方をするならば、それは釈尊のお説きになった教えと違う。また、舟が動いているから、動いていない岸が動くように見えるというふうに理解するならば、それも釈尊の教えではない。釈尊は現在の瞬間におけるこの世の中の実情として、一切のものが相対関係で動いているというふうな理解の仕方をされた。
だから十三世紀の仏教の哲学者がこれだけの考え方を持っていたということは不思議なことだ。私でも、この本を読んで、こういう教えを読むと、「ああ、そうかもしれない」とやっと気がつくだけのことで、自分の頭でこういう考え方は出て来ない。
十三世紀というと、いまから八百年、九百年前の人々であるけれども、その中の一人の思想家がこれだけの思想を持っていたということは、まさに驚異に値する。この思想は今日の世界の思想水準からいっても最高級の思想だといわざるを得ない。
そこで、ここに「如来の道」とありますが、釈尊のお説きになった教え、釈尊のお説きになった考え方というものがいかに偉大であるかというふうな事実が厳然としてこの世の中に存在するという事実があるわけであります。
「仏法の宗旨、いまだ人天の小量にあらず、ただ不可量なりとへえども、随機の修行あるのみなり」、そこで、釈尊のお説きになった根本思想というものは、「いまだ人天の小量にあらず」、天上の神々や地球上の人間が考えるような小さな考えではない。「人」というのは人間でありますし、「天」というのは神であります。
だから仏教思想というのは、人間の思想、神の思想の上に存在するという主張がありまして、「人天の小量にあらず」というのは、神や人間が考えるような小さな考えではない。「ただ不可量なりとへえども、随機の修行あるのみなり」、頭で考えることはできないけれども、現在の瞬間に伴った行ないがあるだけである。「随機」の「機」という字ははずみという字でありまして、現在の瞬間を指すわけであります。「随」というのは従うということ。だから「随機」というのは現在の瞬間における修行があるだけである、行ないがあるだけである。だから仏教哲学の思想の中心は現在の瞬間における行ないに置かれているということがこういう表現からわかるわけであります。
「たれか舟岸を再三撈 せざらん、たれか雲月を急著眼看せざらん」、そこで、こういう問題を考えた場合に、舟と岸との関係を何回となく考えざるを得ない。そうしてまた雲と月との関係がどういう関係かということに大急ぎで気がついて、その実体をとらえるというふうなことをしないわけにはいかないと、こういうことをいわれているわけであります。
ですからこういう表現も、たまたまこの本で読んでいきますと、十三世紀の単なる日本の仏教僧がよくこれだけの思想を持っていたということで、今日でも私は驚異に値すると思う。私の自分の頭ではとうていこういう考え方は出て来ない。『正法眼蔵』に書いてあるから、「ああ、なるほど、そうかなあ。そうすると近代物理学でいっているのと考えがどうも似ているなあ」というふうな考え方を持つ程度が私の頭脳の動きで、われわれ自身、あるいは私自身がその程度の頭脳しかいまだに持っていない。だから十三世紀の仏教僧がこういう思想をはっきりと理解していたということは、やはり驚異に値する事実ではないかという見方をしております。
そこで一六ページのところを読みますと、
「しるべし、如来道は、雲を什麼法に譬せず、月を什麼法に譬せず、舟を什麼法に譬せず、岸を什麼法に譬せざる道理、しづかに功夫参究すべきなり」、そこで釈尊の教えというものは、「雲を什麼ノ法に譬せず」、雲というものを言葉では説明できない真実というふうなことに譬えることをしない。「月を什麼ノ法に譬せず」、「什麼」というのは「何」という意味の言葉でありまして、よく意味のわからない教えだというふうなとらえ方をしない。「舟を什麼ノ法に譬せず」、舟というものはよくわからない動きをするものだというふうなとらえ方をしない。「岸を什麼ノ法に譬せざる道理」、岸もよくわからない教えに従って動いているというふうな理解をしないということを、「しづかに功夫参究すべきなり」、心を落ち着けて十分考えてみるべきである。
「月の一歩は如来の円覚なり、如来の円覚は月の運為なり、動止にあらず、進退にあらず」、ここでやはり仏教哲学の一つの原則が説かれておりまして、「月の一歩は如来の円覚なり」、この月が一歩動くということと釈尊のお説きになった完全な真実とが一つのものだと。このことは何を意味するかというと、人間の現在における瞬間の行ないが真実そのものだと、こういう主張であります。現在の瞬間においてわれわれが何をするかということと宇宙がどんな状況であるということは一つの事実である。だから人間の行ないがあればこそ宇宙は存在するという考え方を仏教では主張するわけであります。
したがって、『正法眼蔵』の「法華転法華」という巻でも、われわれ人間自身が宇宙の王だという表現があるわけであります。法達という僧侶が大鑑慧能禅師から『妙法蓮華経』の意味を説明されて、その結果、法達が自分たちはまさに宇宙の王だということに気がついたという表現がありますが、仏教思想というものはわれわれの現在の瞬間における行ないというものが真実そのものであり、宇宙そのものであると、こういう主張をするわけであります。そのことを「月の一歩は如来の円覚なり」。
「如来の円覚は月の運為なり」、月が動くということ、これは人間が何をするかという行ないを譬えているわけでありますが、そういう人間の行ないというものは釈尊がお説きになった完全な真実そのものである。「動止にあらず、進退にあらず」、頭で考えれば動いているとか止まっているとか、進んでいるとか後退しているとかいうふうな解釈が出るけれども、そういう解釈を離れて、現在の瞬間における行ないである。
「すでに月運は譬諭にあらざれば、孤円の性相なり」、そこで、月の動きといえども現在の瞬間における現実の事実であって、「譬諭にあらざれば」、譬え話でないから。いま現在月が大空に輝いて、たった一つの姿を見せ、完全な姿を見せている。そのことを「すでに月運は譬諭にあらざれば」、月が現在の瞬間において動いているということは譬え話の説明ではない。「孤円の性相なり」、現に一つの月がたった一つ大空に姿を見せているというふうなことが実情であって、それがわれわれの生きている世界の実情である、宇宙の実情である。
「しるべし、月の運度はたとひ駛なりとも、初中後にあらざるなり」、月は確かに動いている。その動きというものを否定することはできない。しかし、その動きというものは過去・現在・未来というふうな時間系列における動きではない。ではどういう時間における動きかというと、現在の瞬間における動きでしかない。
この考え方が仏教哲学のかなり大切な一つの中心であります。この『正法眼蔵』の中に「発菩提心」という巻がありますが、その「発菩提心」の巻の中では「刹那生滅の道理」という考え方が説かれていて、一切のものが現在の瞬間における移り変わりでしかないという主張があるわけでありますが、「初中後にあらざるなり」というのは、われわれが人間的に常識的に考える過去・現在・未来というふうな時間系列が実情ではなしに、宇宙の存在はあくまでも現在の瞬間における実在だけであるという主張が「初中後にあらざるなり」という言葉の意味になるわけであります。
「このゆゑに第一月・第二月あるなり」、そこで、一月もあれば、二月もある。
「第一第二おなじくこれ月なり、正好修行これ月なり、正好供養これ月なり、払袖便行これ月なり」、一月も一つの月であるし、それは現在の瞬間における月のあり方と同じことである。「正好修行これ月なり」、そこで、中国の祖師方が現在の瞬間に関連して、まさに修行すべき最も好ましい時節だという意味で、「正好修行」というふうな言葉で現在の瞬間を説明した物語が『正法眼蔵』の中にも書かれているわけでありますが、「正好供養これ月なり」、まさに現在の瞬間において釈尊の教えを尊重するということと現在の瞬間において大空に照っている月と実情は同じである。
「払袖便行これ月なり」、現在の瞬間がどういう瞬間かという問答に関連して、理屈を述べずに、袖を払って坐禅堂に行った、自分の部屋に戻ったというふうな行動が、「これ月なり」、月という現実の実体のあり方である。
「円尖は去来の輪転にあらざるなり、去来輪転を使用し、使用せず、放行し把定し、逞風流するがゆゑに、かくのごとくの諸月なるなり」、「円尖」の「円」というのは丸い、「尖」はとがっている。だから「円尖」というのは、月に対しても、満月のときもあれば、三日月のときもある、しかし丸い月が三日月に変わるとか、三日月が丸い月に変わるというふうなことは人間の解釈であって、月のあり方としては、現在月が丸いとか、きょうは月が三日月であるというふうな現在の瞬間における移り変わりであって、その点では、丸い月が去って、三日月の時期が来たというふうな動きを伴った解釈ではない。そのことが「円尖は去来の輪転にあらざるなり」。
「去来輪転を使用し、使用せず」、そこで、さまざまの変化というものは月の姿においてあるけれども、そういう変化だけが月の姿のあり方ではない。「放行し把定し」、人間はそのような月の動きに関連しても、そういうことを問題にせずに、大きな規模で生きる場合もあれば、そういう理解を大切にしてその実情を詳しく勉強するというふうな、両方の態度がある。「放行」というのは全部を投げ捨てて問題にしない態度を指すわけでありますし、「把定」というのはしっかりつかんで勉強するという意味であります。だから人間の行ないにも細かい問題を十分注意して勉強する場合もあれば、そういうものを全部投げ捨てて大きな規模の動きをするということもありうる。
「逞風流するがゆゑに」、そういう形で非常に気の利いた人生の生き方をするところから、「かくのごとくの諸月なるなり」、ある場合には満月である、あるときには三日月であるというふうな瞬間瞬間におけるさまざまな月のあり方があるのである。
こういう形で道元禅師が、比較的短い巻の一つの例になるわけでありますが、月というものを材料にして、非常に的確に仏教上のもののあり方、一切のものは相対的な関係に置かれている、しかも過去・現在・未来という時間の中に置かれているものではなしに、現在の瞬間における事実の移り変わりでしかないという主張を述べておられるということになるわけであります。
「正法眼蔵都機」
「仁治癸卯端月六日、書干観音導利興聖宝林寺 沙門道元」という形で、西洋の紀元でいきますと、一二四三年の旧暦の正月の六日に、観音導利興聖宝林寺という宇治にありました寺においてこの「都機」という巻をお書きになった。
だからこの後書きから見ますと、この「都機」の巻が実際に説法が行われたのか、あるいは単に文書として書き残されたのかということは断定はできませんが、ほかの例でいきますと、道元禅師はご自分の説法をされるときにその原稿を説法の前にお書きになっているということがどうもあるように思います。ですから同じ巻についても、「書ス」という奥書きの書いてある場合と、説法したという表現になっている巻とがありまして、そういう点から考えますと、この「都機」の巻もご自分がおやりになった説法の原稿としてお書きになったというふうな可能性も残っているというふうなことがいえるわけであります。
いずれにしましても、この短い「都機」という巻を読みましても、十三世紀における日本の仏教僧の思想的な理解がいかに水準が高かったかということがはっきりわかるわけでありまして、こういうふうな思想というものと今日の一般の人々が楽しんだり喜んだりしている思想と比較してみますと、だいぶ水準の高さが違う。今日の毎日出ている新聞を読んでみても、こういう形で本当のことを述べている思想というのはまず見当たらない。もっと表面的に面白おかしく書いてあるから新聞のほうが面白いけれども、本当のものかどうかということになると、やっぱり本当のものというのはかなり水準の高いものだなあというふうな印象を持たざるを得ないという事情もあるように見ております。
それでは、一つの巻が終わりましたので、ここで話のほうをとめまして、ご質問を受けるということにしたいと思います。何かありましたらどうぞ。
問 一五ページの一行目ですが、「愚人おもはくは、雲のはしるによりて、うごかざる月をうごくとみる、舟のゆくによりて、うつらざる岸をうつるとみゆると見解せり」とございますね。こういうふうな見方をすると、道元禅師からすれば「愚人」ということみたいですけど。
たとえば私たちが電車に乗っていて、景色が移っていったり、駅が後方へ動くように見えますけど、ああいうふうに見えるというのは、道元禅師からすると愚人の見方ということになるわけですか。
答 うん。だからそういう点では、思想そのものは当てにならないということです。人類というのは頭で考えると、本当だと思い込んで、これが正しい、あれが正しいといって議論をしているけれども、人間の頭で考えたことが真実かどうか当てにならないぞという主張なんです。もっと事実そのものを直接見たほうがいいということです。
動いていないんだけど動いているように見えるんだというような説明はどっちでもいいということだ。現に汽車に乗っていて、景色がどんどん後ろに飛んで行くように見える、その事実をそのままとらえればいいということで、その上の解釈は要らないということ。
問 先日、JR西日本で非常に大きな事故になったわけですけれども、遺族のコメントなんかを見ておりますと、「ああいう事故があって自分の家族がその事故に巻き込まれた場合、あのとき以来時間が止まったように感じます」という言葉があるんですね。やはりあまりにも大きなショックを受けると、そのときで時間が止まってしまったというふうに感じている人はやはり多いんじゃないかと思うんですけど。
これは、まあ主観的なものではあるんですけれども、どういうふうに考えていらっしゃいますか。
答 それはやっぱり現実の事実の厳粛さにぶつかったということですよ。「ああ、現実というのはこんなものだな」と。頭で考えて、長生きすればいい、長生きしてほしいと思っていたけれども、事実はそうならなかったなということですよ。
そういう厳しい現実の中でわれわれは瞬間瞬間に生きているわけだから、そういう実情というものをつかむかつかまないかが人間が人生を本当に理解できるかどうかということの分かれ目になるというような意味でもあると思います。
問 いや、たいへんすばらしい教えで、これは何回読んでもわからなかったんですが、いまのお話で大変わかったような気がしました。ありがとうございました。
それで、けっして揚げ足を取るわけじゃないんですが、いまの一五ページの一行目の「舟のゆくによりて、うつらざる岸をうつるとみゆると見解せり」と。これについては、似たような表現が「現成公案」にございますね。あれは逆に、岸に眼をつけているから結局舟が動いているのに岸も動いているというふうに誤解してしまうんだ、それで船ばたに眼をつければ岸は動いていないということがわかるんだと、こういうような表現で、あそこではそういい、ここではこういいということで、いや、これはけっして揚げ足を取るんじゃなくて、興味があるのは、道元禅師はこういう表現をよくされていますね。
これはいわゆる「一方究尽」といいますかね、つまり一方が明らかになれば一方は暗しということで、一つのことをいわれたときは、いままでいわれたことだとか、いろんな関連するようなことはもう全部消して、これのみが真実であると、こういうふうな道元禅師のお考えでこれをお書きになったというふうに取っていいんですか。なんかそういうふうに取れた。
何か矛盾を挙げ出すと、非常にあるんですね。でも、だんだん慣れてきましてね。要は、「このことだ」といったときは、ほかのいろんなことは全部消えていて、このことだけが明々白々と真実の姿として出ているということが非常に多いので、これもそういうことなのか、それともそうでないのかなということをちょっと……。
答 その点ではね、欧米の思想と仏教思想との違いです。欧米の思想では、観念論と唯物論があって、観念論を取ろうと唯物論を取ろうと、何かが動いているという考え方をするわけですよ。
道元禅師、あるいは仏教思想というのは、そういう動きが事実ではない、現在の瞬間における事実だけが真実だという主張なんです。だから動いている、動いていないというふうなことよりも、現在の瞬間における相対的な関係があるだけだ。あくまでもこの世の中の存在は現在の瞬間しかないと。人間は頭で考えて過去・現在・未来があって、過去から現在、未来と物事は動いている、移っているという理解が一般的であり、それは本当の理解でないという主張なんです。
われわれの人生は「いま何をしているか」だけなんだ。若いときはよかったとか悪かったとか、年を取ったら嫌だとか嫌でないとかいうふうな感想はあるけれども、そんなのんきなものじゃない。いま現に年を取りつつあるというふうなことをつかむべきだという主張が仏教思想だというふうに見ていいと思う。
問 ちょっと私の質問と意味が違うんですが、まああまり時間をいただいてもあれなんで。もし時間があればまた。ありがとうございました。
問 前置きのお話で、人類の文化というのは人間を大切にする文化に進みつつあるというお話で、それはまことにたいへん結構な話だと思うんですが。
練馬の大泉学園というところに藤沢周平さんという作家が住んでいて、剣豪小説とか時代小説などをずうっと書いておられたわけですね。山形県の鶴岡とおぼしき場所に藩がありまして、そこの下級武士のいろんなドラマとか、お家騒動のような事件が材料になっているわけです。
そうしますと、やはり「お家大事」という発想が非常に強く出て来るわけです。昔のお侍というのはやはり「お家」というのをこれほど大事にしていたのかということを感じるわけですね。謀反なんか起こして、いろいろな事件が起こりますと、お家取り潰しとか、切腹を命じられたりして、家名の恥じさらしをするなというようなことをやっているわけですが、それはもう江戸時代の話ですから、いまとはぜんぜん違うんですけど。
個人が大事だとか、人間が大事だということは、いまでいえば会社とか、役所とか、組織とか、グループとか、そういう対立関係というのは至るところにあるわけで、それがドラマになったりするわけですが、こういうことに対して先生はどういうふうにお考えになりますか。
答 それはもう小説として面白ければいいんじゃないの。で、そういう思想の持ち主はやっぱり人生をよく見ている面がありますから、そういう的確な描写というものが読者にとって大いに歓迎されるということが事実じゃないかと思います。
問 なぜこの小説が会社に勤めている人によく読まれたかというと、やはり個人を犠牲にして、お家のために、あるいは派閥に巻き込まれて、上司が切腹といわれたら部下も左遷されるとか、そんなことがいっぱい出て来るんで人気があったわけですね。
そういうことを考える場合、やはりいまの世の中というのは、かなり人間が大事にされている世の中に移ってきたというふうにお考えになりますか。
答 う〜ん、その点ではね、戦後の教育というのは徹底した唯物論だから。
この道場でも、若い人がいるんだけど、外国から来た人のほうが責任感が強いな。それで、まあ残念なことだけど、日本の若い人というのは責任感を教えられていないね。だからもう責任感よりも、自分が楽ならいいじゃないか、面倒なことは逃げて逃げて逃げまくろうという態度がわりあい強いような印象を受ける。
で、外国から来た人はそれがないんだ。だからこうすべきだ、ああすべきだという主張が強いわけだけど、日本の若い人は、いや、そんな固いことをいったって、それはとてもつき合っていられないから、もう逃げて逃げて逃げまくるんだという態度がどうもあるんじゃないかという心配を持っている。最近、それを感ずるようになった。
特にいままで女性が入っていたのが、女性が一人もいなくなったら、様子がとてつもなく厳しくなってきた。そうすると、いままで逃げ回っていた人が目立っちゃうんだな。これはもうやっぱり現実の事実だからね。いやあ、今後どうなっていくかというような心配はあるけれども、そういう状況はあるような気がする。
だからそういう点では、日本の戦後の教育というのは日本国民にかなり大きな影響を与えているように思います。
問 一ついわれることは、「家」というものが壊れてしまったということがよくいわれますね。要するに地方からお兄さんが街へ出て来て、家庭を持って社宅に住んだり団地に住んだりして、そして都会の街がだんだん発展するに従って、田舎の旧家がさびれていく。都会に出て働くなり学行に行くなりしてやはり家の意識が薄れてしまったということがいわれていますけれども、先生もやっぱりそんなふうにお考えになりますか。
答 そこでね、私の正直な感想をいうと、小さな団体にしがみつくということは、人間の弱さだと思う。沢木老師がよく「グループぼけ」ということを提唱の中でいわれたんです。つまり「人間は自分の所属する団体を頼みにして、それにしがみつく性格がある。だけど、そんな小さな生き方だと本当のものはわからないぞ」ということを沢木老師はよくいっておられた。この見方は、やっぱりある程度真実を含んでいるような気がする、少なくとも仏教の立場からすれば。
だからあんまり小さいことにこだわらないで、宇宙と同じ大きさで生きろという主張なんです。
沢木老師はよく「天地一杯」「天地一杯」ということをいっておられたけれども、「天地一杯」という言葉も、宇宙が基準なんだ、ちっぽけな国を基準にして生きるな、まして小さな団体を基準にして生きるなというふうな考え方が沢木老師にはあった。で、それがやっぱり仏教哲学の一つの立場ではないかという気がしています。
だから仏道が法というのを大事にするのは、法というのは宇宙の原則なんです。そうすると国家の原則よりも宇宙の原則のほうが大事だという考え方です。それがやっぱり国際関係を大事にするというような考え方と共通のものを持っているんじゃないかと思います。
問 たとえば会社なり役所なりの組織という立場で考えますと、沢木老師のような人が部下にいれば、上司はちょっとヤバイんじゃないかと思いますが……。
答 いや、それはあると思う。だから社会的に見ると、疎外される傾向を仏教は持っていますよ。
問 はい。ありがとうございました。
問 いまのお話と関連しますけれども、「天地一杯」ということは、一つの考え方、見方としては、大半の人はサラリーマンの人が多いですよね、宮仕えということで。で、ごくごく稀な人が企業を興して、中には成功する人もいるし失敗する人もいると。
いまの先生のお話だと、どちらかというと、そういったサラリーマンのような宮仕えをするよりも、要するに企業に属するよりも、できれば自分で事業をして身を興しなさいというようなことにも取れるわけですか。
答 いや、形はどっちでも構わないけれども、大きな原則で生きるべきだと。だから小さな原則を頼りにして、それにしがみつくという立場よりも、宇宙がどんな出来ぐあいになっているかというような考え方で問題を考えるべきだ。一つの国の立場で問題を考えるよりも、世界全体がどういう動きをしているかというような見方で問題を考えるほうが正しいんじゃないかという見方になると思う。
だから戦争前は民族主義というような立場が非常に尊敬されたけれども、そういう民族だけを中心にした考え方が本当に正しいのかどうかというような疑問はあるように思う。そうすると、民族主義的な立場よりも、国際的な立場で問題を考えるほうがむしろ正しいんではないかというような可能性も出て来るように思います。
いや、これはもう余談になるけれども、日支事変が始まって、その一年ぐらい後だったと思いますが、私の中学の同級生で慶応に行っていた男が当時の中国に旅行して、帰って来ていっていたのは、「この戦争は負けるぞ」と。というのは、当時の日本軍が占領して入って行って、女性に対する暴力があまりにも悲惨過ぎると。「こんな国は勝てないよ」といっていた。それは昭和十一年のことだった。
だけども、そういう真実が地球上にはあるんだ、宇宙の中にはあるんだ。だから歴史を歪曲する、歪曲しないなんていうことと関係してくるわけで、真実は一つしかない。だから人類は命をかけて真実を守るべきだ。真実以外のものを頼りにして生きてはいけない。
ところが、国家を大切にするとか、自分のグループを大切にするとかいうふうな生き方が非常に盛んだけれども、本当の生き方というのは何かというようなことについては、そういう問題も含めて考える必要があるんじゃないかと思う。
だから私は中国で起きたいろいろな歴史的な事実についても、真実をさらけ出すべきだと思う。国家の恥だからこれは隠して、これはなかったことにしてというふうな小さな考え方で歴史を考えるべきじゃない。歴史を正しく理解している国だけが栄える。歴史を歪曲して、間違った考え方でこれが正しいなんて主張している国家というものに繁栄の可能性はない。だから歴史というようなものについても日本国民が本当に真剣に考えるべき問題だ。
嘘か真(まこと)かが決定的な基準ですよ。どっちが格好がいい、どっちが格好が悪いなんていう問題じゃない。本当の歴史を教わった国民は本当の生き方ができるから、国が栄えるということがあります。いいかげんなごまかしで人生を生きた場合に、その国の経済力が長い眼で見れば弱くなるなんていうことはありうる。
まあそういうことをいうと、「あいつはばかっ正直だ。くだらんことをいってる。世の中、そんな真っすぐにはできてない。ああいうばかがいるから世の中うまくいかないんだ」といわれるかもしれないけれども、私は八十五年ぐらい生きてきて、人生というものはそういうものだなあとしか思えない。
正直いうと、昭和十六年十二月八日に私は大中寺の寺にいた。それでラジオで「大本営発表」というようなことで、「本日未明、日本の飛行機がハワイの真珠湾を攻撃して、非常に大きな戦艦を沈めた」という報告を聞いて、当時の大中寺にいた僧侶の人はとてつもなく喜んだ。きっと「俺たちの時代が来た」と思ったんだろう。ニュースが始まると、みんな性能の悪いラジオにしがみついて、「勝った」「勝った」といって喜んでいた。私は正直いうと、「いや、これは大丈夫かな」と思っていた。だけど、そういう人々に反対するわけにもいかないから、せんべい布団にくるまって眠った振りをしていた。だけどもそのときに、「いやあ、こういうことをやって勝てるのかなあ」という心配はあった。負ければいいとはとうてい思わなかった。始めた以上勝てばいいとは思ったけれども、「さあて、勝てるかなあ」という心配は非常に強かった。
そのときにいた僧侶が、その後有名になった酒井得元さんとか、内山興正さんとか、その後の大和尚がそのとき大中寺に一緒にいた。だからそういう点では、世の中の流れというのは実に面白いものです。
問 いまのお話に関係しますけど、戦後、日本が精神的な支柱を失ったと私も思っているんですけれども、仏教界の先生方が戦争中、客観的に仏教思想というのをきちんと護持して、守るべきものを守っていれば、こういうことにならなくて済んだのではないかと、こういうふうに思います。
また、そういったことがオウム真理教とか、そういったものの跋扈を許して、日本の精神的な支柱を根こそぎにしていってしまったのではないかと思うわけです。
なぜ仏教界が客観的にものを見れなかったのか。一番いい宗教であると私なんか思っているわけですが、なぜ歴史は仏教界をそのようにさせてしまったのかというふうに疑問に思っているわけですが、先生はいかがでしょうか。
答 これはね、歴史の必然です。というのは、仏教思想というのは明治維新以前には日本の社会にかなりしみ込んでいた。だけれども、それがなぜ消えたかというと、明治維新以降の欧米文化を一生懸命に勉強しなければならないという日本の国情です。つまり日本の国民は、アメリカその他の国から鉄でできた船が東京湾の中に入って来て、港を開かなければ江戸城を砲撃するぞというような立場の中で、これはもう国を開く一手だということで国を開いた。それと同時に、あまりにも文化の水準が違い過ぎるから、日本国民はいままでのものを全部棚上げして、一生懸命、死に物狂いで西洋の文明を勉強したんです。
これは日本の国民の偉大さだと思う。そういう外国の文化を導入する点では、実に天才的な能力を持っています。だから明治維新以降第二次世界大戦までは理想主義の時代だった。欧米の文化を目標にして、追いつけ、追いつけの努力だった。これは日本の国にとって非常に大事な歴史的な進歩です。
で、その形が自惚れに転じて、日本は世界を制覇する宿命を持っていると、やれば何でも勝てるんだという思想が国内に出て来て、戦争に向かっていって、それをとめる力は国内になかった。だからもう徹底的な理想主義で、精神的に頑張れば勝てるんだという考え方で戦争を始めたけれども、世界の歴史はそう動かなかった。
だからその後今度は思想が逆転して、唯物論を一生懸命ここ六、七十年勉強しているんです。だからこの時代がもう少し経つと、中央の思想、つまり現実主義の思想の時代が日本には来ると私は思う。そのときに本当の仏教が初めて非常な勢いで復活すると思う。われわれはその準備をしているんだという見方をしています。
だから明治維新以降、日本の国は理想主義に凝り固まって外国を攻めるようなことをやったということも歴史的な必然です。誰も止めることができなかった。だからいまになって、こうすればいい、ああすればいいというような議論よりも、日本の国民が従わざるを得なかった歴史の流れというものを勉強するという考え方があると思う。そうしてみると、日本の国がどんな形で今日に来ているかというのは非常によく見える。そういう形で日本の歴史を眺めた場合に、今後どうしなきゃならないかというような考え方も出て来るんだと、そういう見方をしています。
だから歴史の流れというのは批評を超絶した真実ですよ。誰も防ぐことができない。歴史というものは現在の瞬間においてたった一つの事実が次々に現れてくるわけだから、それを頭で考えて、こうすべきだった、ああすべきだった、これは間違いだ、あれは間違いだというよりも、日本国民が一生懸命頑張って具体化した瞬間瞬間の事実というものは端から批判ができない。後になって、「いや、俺はこう考えた」「俺はこう考えた」というようなことをいってみたところで、人間は歴史の事情の中でそれに従って流されていくという情景も必ずあるわけです。
だから現実そのものはそういう形で動くんだというふうなことを頭に置くということは、物事を見る上で一つの見方として大事だから。
釈尊がなぜ現在の瞬間ということをいわれたかというと、本当の真実は現在の瞬間しかない。だから過ぎ去った後で、こうすべきだった、ああすべきだったというふうなことよりも、あのときはそうせざるを得なかったということが実情ですよ。
つまり、「第二次世界大戦は愚かな戦争だ」というようなことを後でいうけれども、あのときに日本の国内に戦争を止める力はまったくなかった。国民の八〇%、九〇%が戦争に賛成して、「やるべきだ」というふうな考え方で時代が流れたから、そういう事実が生まれたというにすぎない。
だから長く生きていると、まああのときのことをよく知っているから、「いやあ、あのとき誰がどんなに頑張ったって、あの戦争は止められなかったな」と思う。
問 それに関連して一つだけお伺いしますが、民主党の代表をなっている方が、「戦後、昭和天皇はやはり退位したほうがよかったんじゃないか」というふうな発言をどこかの大学の講演でしたみたいですけど、それはその当時の雰囲気というのを知らないとどうこうといえないんですけど、昭和二十年代の初め、やはり天皇陛下は退位されたほうがいいというふうな、そういう雰囲気というのは日本の中に強かったんでしょうか、それとも弱かったんでしょうか。
答 うん、それは左翼系統の人からあった。だけども、それをやらなかったほうが私は日本国民の智慧だと思う。あのときに天皇を排斥するとすれば、国内はもう大混乱しましたよ。だからそういう象徴的なもののあるということのほうが国家の治安のためにはよかったということがあると同時に、私は正直いうと、日本の天皇というのはもう昔から象徴天皇だという見方です。周囲で政治をやっていて、天皇は象徴でしかなかった。で、象徴だったから長く続いた。実権を持っていたら長く続かなかっただろうと思います。
だから憲法に「象徴天皇」と書こうと書くまいと、日本の天皇は昔から象徴天皇だったというふうな見方をしています。
問 どうもありがとうございました。
では、時間がきたようですから、普回向を唱えて終わりにしたいと思います。
普回向 唱和