l 開経偈 唱和
この会で二、三週間前に一度お話したことがあると思いますが、新潟大学の大学院に医学の先生で安保徹さんという方がおられまして、その方がアメリカなどに留学されて免疫学という学問を専攻してこられて、その結果、今日までの医学の理論と考え方の違う医学に気づかれたという問題があります。
免疫学という学問は、一度病気にかかった人がどういうわけか同じ病気にもう一度かかりにくくなるというふうな現象がありまして、それがどうして起こるのかというふうなことが研究の中心でありますが、そういう研究の過程の中で、人間の健康というものは自律神経のバランスと非常に関係していると、そういう発見をされたということがあるわけであります。
私は正直いいますと、いまからもう五十年くらい前になりますか、三十の年だったと思いますが『仏教―第三の世界観』という本を書いております。そのときに、坐禅の効果というものが何かということについて、自律神経のバランスではなかろうかという仮説を述べております。
そのときには、それは単なる仮説であったわけでありますが、私はそのときからこの仮説は何年後かには必ず科学的に証明されるという確信を持っていたわけでありますが、五十年ぐらい経ちましたらいよいよその仮説が科学的に証明され始めたということで、その学説が何かというと、その安保徹さんという先生が唱えている考え方になるというふうなことがあるわけであります。
いま安保さんという方は非常に熱心にそのことをあちらこちらで説いておられるわけでありますが、私がちょっと心配しますのは、そういう新しい考え方というものは今後二百年、三百年の年月をかけて少しずつ社会の変革に役立っていくという性質のものでありますから、数年のような短期間で非常に激しくその説を主張しますと、従来、その説が非常に邪魔になる社会情勢というものもあるわけであります。
つまり、そういう考え方が強くなりますと、「お薬は要らない、医者の治療もそう必要ではない」という結論になってきますから、そうすると製薬業界は黙っていない。だから強力に業界の意志を統一して何らかの時点でその勢力をとめるだろうというふうな問題がありますし、古い時代の医学の考え方を使って治療を行なっている先生方も「やはりそれは困る」という形になりますと、正しい、正しくないは別にして、生活上困るからとめるというふうな勢力が当然出て来る。
こういう事情というものは人類の歴史には何回もありまして、たとえばルネッサンスの時代に、天文学者が地球が動いていて太陽が動かないんだという説を説いたときに、カトリック教会はそれを弾圧の形でとめようとした。結果的にはとまらなかったわけでありますが、歴史の短い期間の間にはそういうふうな動きというものもあるわけでありますから、その点では、安保先生の対処の仕方としても、あまり先鋭にならずに、できるだけ穏健に問題を処理して、長い期間にわたって正しい教えが少しずつ広がるという態勢をとったほうがいいのではないかというお話を機会があればしたいというふうな考え方でいることが実情であります。
そういう点では、人類の歴史というものは、従来の考え方から変わった考え方で運営される時代が到来しつつあるということがいえるわけであります。それはどういうことかといいますと、健康の問題にしても一〇〇%の健康というものは地球上にない。一〇〇%の不健康というのも地球上にはない。多少の健康の状態と多少の不健康の状態とが混ざり合った状態が各人の健康の状態でありますから、そういうときに何が本当の健康かというならば、二つの要素がちょうど同じ力になってプラス・マイナス・ゼロになったときが本当の健康だというふうな事情があって、そういう考え方を基準にした人類の文化が早晩始まる。もうすでに始まっているといってもいいわけでありまして、そういうふうな事実に基づいた考え方に人類の歴史が変わっていく。
それの一つの重要な拠点として、安保先生という方の理論が機能を始めているということでありますので、その考え方を大事にして、人類がよりいい社会に進んで行けるようにということを期待したいというふうな問題が最近あるわけであります。
そのことについて、きょう安保さんに対して手紙の原稿を書きまして、あした発想する予定にしておりますが、一月十二日にはそこにいる優さんが先生を訪ねて行っていろいろお話をしてこられるということですから、「少しずつそういう動きが始まっていくかな」というふうな期待が出始めているということが実情であります。
それではまたこの本のほうに入ってまいりますと、きょうは一二一ページの「光明」という巻からになるわけであります。そこで、「光明」という言葉がなぜ『正法眼蔵』に出て来るかといいますと、仏教思想は本来明るいもの、非常に楽観的な形でわれわれの生きている世界を肯定して、いかに人生を楽しく生きるかということが釈尊の教え。ところが、どういうわけか仏教というものは暗いという印象があって、お葬式のときにしか役に立たないというふうな奇妙な現象があるわけでありますが、釈尊のお説きになった基本的な教えは、太陽にように明るい、きわめて楽観的な、きわめて現実的な思想だったということがあるわけでありまして、そういう意味でこの巻では釈尊の教えの中に含まれている輝かしさというものが問題になっているということがいえるわけであります。
そこで本文のほうを読んでいきますと、
「大宋国湖南長沙招賢大師、上堂示衆云、尽十方界是沙門眼、尽十方界是沙門家常語、尽十方界是沙門全身、尽十方界是自己光明、尽十方界在自己光明裏、尽十方界無一人不是自己」と、こういうことを述べておられる。「大宋国」というのは今日の中国でありますが、宋の時代というのは中国の文化の水準が非常に高かった時代でありまして、そのときに、「湖南」というのは揚子江の中流にあります洞庭湖という湖の南側の地方でありますが、そこに長沙景岑禅師という方がおられた。長沙景岑禅師は長沙招賢大師と呼ばれているわけでありますが、その長沙景岑禅師が、「上堂衆ニ示シテ云ク」、法堂という正式の説法をする建物に行って次のような説法をされた。
「尽十方界是レ沙門ノ眼」、「尽十方界」の「十方」というのはあらゆる方角を意味しております。つまり東西南北と西南とか東北とかいうその中間の方角を数えますと、四+四=八になりまして、それに上と下を加えると、あらゆる方角という意味で「十方」という言葉ができるわけであります。「尽十方界」というのはあらゆる方角に広がっているこの世界。だから今日の言葉でいえば、宇宙というふうな理解の仕方ができるわけであります。その宇宙というものは、「沙門」、仏教僧の眼である。つまり、どんな世界かというふうなことが宇宙というものの一つの見方である。そういう意味で「尽十方界是レ沙門ノ眼」。
「尽十方界是レ沙門ノ家常語」、また僧侶というものは、当然日常生活には言葉を使っていろいろな話をするわけでありますが、仏教僧たちのそういう日常の会話そのものが宇宙と同じだと、こういう主張をしておられる。
それから、「尽十方界是レ沙門ノ全身」、僧侶というものの体と宇宙全体とが同じものだ。僧侶といえども宇宙の一部でありますから、その点では僧侶自身が宇宙の本質的な性質というものを当然すべて持っている。そういう意味で「尽十方界是レ沙門ノ全身」。宇宙というものと仏教僧の体とは同じものだ。
「尽十方界是レ自己ノ光明」、宇宙というものは自分が持っている輝かしさそのものだ。この世の中が輝かしいと同時に自分自身も輝かしい存在だと、そういう主張から「尽十方界是レ自己ノ光明」。
こういう言葉を聞くと、「いやあ、それは困る。私はそれほど明るくない。いつも憂鬱で憂鬱でしようがない。輝かしさなどといわれても困る」と、こういう感想もあるかもしれませんが、自律神経がバランスしていると輝かしいという感想を常に持てる。だからその点では、坐禅をしていると輝かしい生活になって、輝かしさを失うことが難しくなると、こういう事情があるわけでありますが、こういう話を聞くと、「まさか〜」ということでたいていの人が信用しない。だけれども事実は事実だ。だから長沙景岑禅師は「尽十方界是レ自己ノ光明」ということをいわれた。
「尽十方界自己ノ光明裏ニ在リ」、自分自身が明るいから宇宙全体が自分の明るさの中にあると、こういうことをいわれた。これもなかなかいい言葉であって、人間というのはこの程度に自信を持っていないと人間として生きている価値がない。宇宙の明るさは俺のためだというふうな考え方でいて間違いない。なぜかというと、長沙景岑禅師が、「尽十方界自己ノ光明裏ニ在リ」、宇宙全体が自分の輝かしさの中にあると、こういわれているわけであります。
そうして、「尽十方界一人是レ自己ナラザル無シ」、誰といえども自分でない人はいない。これも大切な考え方でありまして、各人が自己というものを持っている。だから自己というものをつかんで、その自己に従って生きるということが人間の義務だ。
特に近代になるとこういう義務を人間は負わされている。「各人が自分の意志で生きなければならない」というのが人間の鉄則です。中世にはそういうことはいえなかった。偉い大名なり将軍なりの下で、将軍なり大名なりの言いつけに従って動いていくのが人間だという社会体制があったわけでありますが、近世になるとそうではない。自分自身が自分自身を管理しているんだから、そういう責任が人間にはあるという考え方が近代の人間の生き方であります。
その出発点がどこかといいますと、フランス革命。だから人類の歴史の中で人類が自由を持ち始めた出発点はフランス革命であります。そういう形で今日われわれは自分自身の責任で自分自身の生活を生きなければならない自由な境涯の中に生きている。
「いやあ、私の生活はそれほど自由じゃないから、そんな難しいことは勘弁してください」というふうな状況にはなっていない。誰でも自分の意志に従って自由に生きられるというふうな状況があって、中国においては、すでにこの長沙景岑禅師が生きておられた時代に、長沙景岑禅師は「尽十方界一人是レ自己ナラザル無シ」ということをいわれた。各人が自分自身なんだと、こういうふうな今日の立場から見ても勇ましいことをいっておられる。ただ、このくらいの勇ましいことがいえないと人間として生きている甲斐がないという事情もあるのではないかという問題があるわけであります。
そこで道元禅師がこの言葉に解説をされまして、
「仏道の参学、かならず勤学すべし、転疎転遠なるべからず」、釈尊の教えを勉強するに当たっては、必ず一所懸命勉強しなければならない。時間が経つとおろそかになる、時間が経つと遠のくというふうなことがあってはならない。「転疎」の「転」という字は「うたた」というふうに読むわけでありまして、時間が経てば経つほどということで「疎」というのはおろそかということでありますから、「転疎」というのは時間が経てば経つほどおろそかになる。時間が経てば経つほど遠のいてしまうというのが「転疎転遠」という言葉の意味でありますが、そうなってはならないというのが仏道の参学である。
「これによりて光明を学得せる作家、まれなるものなり」、こういうふうな努力の仕方をして輝かしさを勝ち取った仏教界の優れた指導者というものは、「まれなるものなり」、そう多くはない。だから長沙景岑禅師の生きておられた時代も本当の意味で仏道の世界に入ることのできた方がそう多くはなかったと、こういうことをいわれているわけであります。
「震旦国、後漢の孝明皇帝、帝諱は荘なり、廟号は顕宗皇帝とまうす、光武皇帝の第四の御子なり」、「震旦国」、中国における、「後漢の孝明皇帝」、中国では漢という時代がありますが、それが前漢と後漢という二つの時代に分れておりまして、その後のほうの漢の時代の皇帝として光明皇帝という人がいた。「帝諱は荘なり」、この皇帝の、「諱」というのは、いみなといいまして、生前に使った姓をいうわけでありますが、それは荘という家柄であった。「廟号は顕宗皇帝とまうす」、亡くなってからの呼び方は顕宗皇帝と呼ばれている。「光武皇帝の第四の御子なり」、光武皇帝という方の四番目の子供に当たる。
「孝明皇帝の御宇、永平十年戊辰のとし、摩騰迦・竺法蘭、はじめて仏教を漢国に伝来す」、中国に仏教思想が伝わった最初の年が永平十年であります。その永平十年のときに、それが孝明皇帝という皇帝の時代であったわけでありますが、摩騰迦・竺法蘭という二人の人が、「はじめて仏教を漢国に伝来す」、初めて釈尊の教えを中国に伝えた。
「焚経台のまへに道士の邪徒を降伏し、諸仏の神力をあらはす」、インドから釈尊の教えが伝わったわけでありますが、その頃中国では道教という教えが盛んであったとみえて、仏教の教え、つまり外国の教えというものを入れるべきではないという反対運動があったというふうに考えることができます。そこで、その争いを鎮めるために土を二個所に高く盛りまして、その上に仏教経典と道教の書物とを別々に置きまして、両方に火をつけてどちらが優れているかという実験をした。こういう歴史が書かれているからでありますが、ところが、道教のほうの本が燃えてしまった。仏教経典がどういうわけか燃えなかった。(笑)そこで、仏教のほうが優れているということで勝敗がついたというふうな事態があったわけで、「焚経台のまへに道士の邪徒を降伏し」というのは、「焚経台」というのは経典を燃やすためにつくった小高い土の台をいうわけでありますが、そこで仏教の経典と道教の書物とを同時に燃やしたところが、仏教経典のほうが燃えずに道教の書物が燃えてしまったという形で勝負が決まったということを、ここでは「焚経台のまへに道士の邪徒を降伏し」、「諸仏の神力をあらはす」、仏教に関する神秘的な力がどんなものかということをはっきりさせた。
「それよりのち梁武帝の御宇、普通年中にいたりて、初祖みづから西天より南海の広州に幸す」、梁の武帝のときに、ですからこれは時期にすると六世紀の初めであります。仏教経典が中国に初めて伝わったのが一世紀でありますから、約五、六年の歳月が経っているわけであります。「それよりのち梁武帝の御宇、普通年中にいたりて」、梁という国の武帝の時代に、年号は普通という年号であったけれども、「初祖みづから西天より南海の広州に幸す」、「初祖」というのは中国の仏道の初祖である菩提達磨大師であります。菩提達磨大師が自分自身で、「西天より」、インドから、「南海の広州に幸す」、南の島々を渡って三年間の歳月を費やして中国の南のほうにある広州という港に到着した。
「これ正法眼蔵正伝の嫡嗣なり」、この菩提達磨大師という方が「正法眼蔵」を正しく伝えた正統の指導者である。「正法眼蔵」という言葉を道元禅師は坐禅の修行を表すときに使っておられますから、達磨大師が坐禅の修行というものを初めて中国に持って来られた。
このことがどういうことを意味するかといいますと、一世紀に仏教経典は中国に伝わったわけでありますが、坐禅の修行が伝わらなかった。そこで中国では仏教経典を読んで、どういう意味かというふうなことを勉強したわけでありますが、仏教思想というものは坐禅の修行から生まれている。つまり自律神経がバランスしたときにどういう考え方が生まれて、どういう考え方が正しいかという考え方が仏教思想の基本にありますから、坐禅の修行がなければ仏教はあり得ない。だから一世紀の初めに中国に仏教が伝わったけれども、坐禅の修行が伴っていなかったから仏教経典をどういう意味で読んだらいいのかがよくわからなくなって、いろんな議論が出て来たということが実情であります。そういう情勢を変えるために、六世紀の初めに菩提達磨大師が中国に行かれて、中国に初めて坐禅の修行を伝えられた。そこで中国に初めて本当の仏教が始まったという事情があります。そのことを「これ正法眼蔵正伝の嫡嗣なり」。
「釈迦牟尼仏より二十八世の法孫なり」、釈尊の後継者が摩訶迦葉尊者でありますが、摩訶迦葉尊者を第一世と数えて、菩提達磨大師が二十八世に当たるわけであります。
「ちなみに嵩山の少室峰少林寺に掛錫しまします」、そうしてたまたま中国の嵩山という山のそばにあった少室峰という山の麓の少林寺というお寺に滞在した。「掛錫す」というのは、「錫」というのは金属でできた僧侶の旅行用の杖でありますが、その杖を寺に掛けるという意味で、「掛錫す」というのは寺に滞在するという意味であります。
「法を二祖大祖禅師に正伝せりし、これ仏祖光明の親曽なり」、そうして釈尊の教えを後継者の二祖である大祖慧可大師に正しく伝えた。「これ仏祖光明の親曽なり」、これが仏道を勉強している方々の輝かしさが実際に体験できた最初であると、こういう意味であります。つまり「親」というのは自分自身ということ。「曽」というのはかつてという意味でありますが、自分自身で体験するということが「親曽」という言葉の意味でありまして、仏道修行をしている方々が仏道の輝かしさ、明るさというものを経験した最初である。
なぜこういうことをいうかといいますと、自律神経がバランスしていないと明るさは出て来ない。だからその点で、達磨大師が坐禅の修行を中国に伝えたことによって、人々が坐禅をするようになって、「なるほど、われわれの人生は明るいものだ」ということに気がつき始めたということを意味するわけであります。
「それよりさきは、仏祖の光明を見聞せるなかりき」、達磨大師が中国に入られる以前は、仏道を勉強している人々の輝かしさというものを直接経験する例がなかった。
「いはんや自己の光明をしれるあらんや」、まして自分自身が輝かしさを持っているということを知っている人がどうしてあり得たであろう。
「たとひその光明は、頂 より担来して相逢すといへども」、その輝かしさというものは頭で考えればわかるような気がする。「頂 」というのは頭であります。だから頭を使って考えて、頭の中では輝かしさというものに出会うことがあるかもしれないけれども、「自己の眼睛に参学せず」、自分の実際の経験として、「なるほど、世の中は明るいものだ」「自分の人生は明るいものだ」ということの体験は頭の中で考えただけではできない。
「このゆえに、光明の長短方円をあきらめず、光明の巻舒斂放をあきらめず」、このように実際に経験してみないとこの世の中の明るさというものはわからない。明るさというものが長いか、短いか、四角いか、丸いかというふうなことがわからない。明るさというものが経巻を巻いたり、広げたりというふうな形ではっきり論理的にわかるようにならない。それが「光明の巻舒斂放をあきらめず」。「巻舒」というのは経巻を巻くという意味でありますし、「斂放」というのは経巻を開くという意味であります。昔の仏教経典は巻物になっておりましたから、そこで「巻舒斂放」というふうな言葉が使われているわけであります。
「光明の相逢を厭却するゆえに、光明と光明と転疎転遠なり」、そうして人々は輝かしさをあまり好まないという傾向がある。「いやあ、そんなことはない。誰も輝かしいという必要がある」というふうなことを感ずるわけでありますが、たとえば戦後に非常に評判になった太宰治という人の小説を読んでみますと、人生を非常に暗く見ている。で、こんな憂鬱な人生は困った、困ったという考え方が出て来るわけでありまして、そういう本がよく売れたということは、たいていの人が人生は暗いと思っているから、けっして明るくないと思っているから、太宰治が暗い話をすると、「いや、俺もそうだ。ごもっともだ、ごもっともだ」ということで喜んだということであろうかと思うわけであります。
したがってそういう点では、「光明の相逢を厭却するゆえに」、輝かしさに出会うということが嫌いだ。だから明るい小説を読むと、「いやあ、そんな甘い考え方はだめだ。この世の中を暗く考えて深刻に考えないと本当の人生がわかったことにならない」というような考え方もあるわけでありますが、仏教ではそういう考え方をしない。この世の中の明るさがわかってくることが人間として本物だということにもなるわけであります。
そこで「光明の相逢を厭却するゆえに」、輝かしさに出会うことを嫌うところから、「光明と光明と転疎転遠なり」、せっかく自分自身も輝かしい存在であり、宇宙も輝かしい存在であるけれども、時間が経てば経つほどおろそかになるし、時間が経てば経つほど遠のいてしまう。
「この疎遠たとひ光明なりとも、疎遠に罣礙せらるるなり」、その点では、そういう遠ざかる、おろそかになるということ自身も輝かしさの一種ではあるけれども、そのことがおろそかになる、遠のくということで邪魔されてしまうのである。
「転疎転遠の臭皮袋おもはくは、仏光も自己光明も、赤白青黄にして、火光水光のごとく、珠光玉光のごとく、竜天の光のごとく、日月の光のごとくなるべしと見解す」、そうして、「転疎転遠の臭皮袋おもはくは」、時間が経てば経つほどおろそかになる、時間が経てば経つほど遠のいてしまう状況の人々が、「臭皮袋」というのは臭いのよくない皮の袋という意味で人間を指すわけであります。その人間が考えるには、「仏光も自己光明も」、仏としての光も、自分自身の輝かしさも、赤とか、白とか、青とか、黄色とかいう色のついたものであろう、眼に見えるものであろうと考える。「火光水光のごとく、珠光玉光のごとく」、だから火が光を持っているとか、水が光に照らされて光るとか、あるいは真珠の光、宝玉の光というふうなものと同じような性質の光であろうし、「竜天の光のごとく」、竜という架空の動物が持っているといわれているような輝かしさであろうし、「日月の光のごとくなるべしと見解す」、太陽や月の光と同じようなものであろうというふうに理解する。
「或従知識し、或従経巻すといへども、光明の言教をきくには、蛍光のごとくならんとおもふ、さらに眼睛頂 の参学にあらず」、そうしてある場合には、優れた指導者に従って仏教を勉強する、それが「或従知識」という言葉でありますし、「或従経巻」というのは仏教経典を読んで釈尊の教えがどういうものかを勉強するという努力でありますが、そういう努力をしてみても、「光明の言教をきくには」、輝かしさという言葉についての言葉による教えを聞いた際には、「蛍光のごとくならんとおもふ」、蛍の光のようなものであろうと考えたり、「さらに眼睛頂 の参学にあらず」、その点では、眼で実際に見るとか、頭で問題を考えるというふうな性質の勉強の仕方ではない。したがって、蛍の光のようなものでもないし、頭で考えたり、眼で見ようとしたりしても見えるものではない。ではどうしたら見えるのかということについて、自律神経をバランスさせたときに実感できる、それが仏道の輝かしさだと、こういう主張であります。
そこで、「漢より隋唐宋、および而今にいたるまで、かくのごとくの流類おほきのみなり」、しかしながら、仏道における輝かしさというものも、普通眼に見えるような光と同じものであろうというふうに考えているところから、「漢より隋唐宋」、漢の時代から、隋の時代、唐の時代、宋の時代というふうに中国の文化の比較的水準の高かった時代を通じて、「および而今にいたるまで」、今日に至るまで、「かくのごとくの流類おほきのみなり」、本当の意味で仏教における輝かしさがどういうものかということのわかっていない人々が多い。
「文字の法師に習学することなかれ、禅師胡乱の説きくべからず」、そうして文字の注釈をし、解説をしている仏教僧について勉強してはならない。「禅師胡乱の説きくべからず」、仏教というものを禅というふうな言葉で置き換えて、禅というものが真実であるような錯覚を持っている師匠のわけのわからない説を聞いてはならないと、こういうことをいっておられるわけであります。
ですから『正法眼蔵』の文句を文字どおり正直に読んでいきますと、普通想像している問題とぜんぜん水準の違う意見があるということに気がつくわけであります。
もう少しやっておきますと、一二六ページのところでさらに輝かしさというものの説明が行なわれておりまして、
「いはゆる仏祖の光明は、尽十方界なり、尽仏尽祖なり、唯仏与仏なり、仏光なり、光仏なり」、「仏祖の光明」、真実を得た人々の輝かしさというものがどういうものかというならば、「尽十方界なり」、宇宙全体である。「尽仏尽祖なり」、真実を得られた方々すべてが持っているところであり、真実を得た祖師方が持っているところである。「唯仏与仏なり」、真実を得た人と真実を得た人とだけが持っている輝かしさであるし、「仏光なり」、真実を得た人の輝かしさであり、「光仏なり」、光輝く真実を得た人々そのものであると、こういう表現をしておられるわけであります。
そうして、「仏祖は仏祖を光明とせり」、真実を得た人は真実を得た人々が輝かしさそのものだというとらえ方をしている。
「この光明を修証して、作仏し、坐仏し、証仏す」、この輝かしさというものを修行を通じて体験をする。「修証して」というのは、修行を通じて体験する。だから坐禅をしてこの輝かしさを実感するということをして、「作仏し」、真実を得た人になり、真実を得た人が坐っている状態を自分で実現し、また真実を得た人がどんなものかということを自分で体験する。
「このゆえに、此光照東方万八千仏土の道著あり」、したがってそのような輝かしさが東のほうの無限に広い真実の世界を照らしているというふうな表現もある。
「これ話頭光なり」、これは言葉を使って輝かしさがどんなものかを示している実例だ。
「此光は仏光なり、照東方は東方照なり」、そこで、具体的な輝かしさというものは、仏道の思想が持っている輝かしさでもある。それが「此光は仏光なり」。つまり釈尊の教えがなければ輝かしさはない。そういう意味で釈尊の教えそのものが具体的な輝きだ。「照東方は東方照なり」、東のほうを照らすという言葉の意味は、東のほうの事態そのものが輝かしさに照り輝いているということが実情である。「東方」というのはこの世の中の一部、具体的な方角を指すわけでありますから、その点では、輝かしさというものはわれわれの生きている世界全体に広がっている。
「東方は彼此の俗論にあらず、法論の中心なり、 頭の中央なり、東方を罣礙すといへども、光明の八両なり」、その点では、東の方角という言葉も、具体的な場所を指すわけであって、「彼此の俗論にあらず」、あそこが東方だとか、ここが東方だとかいうふうな通俗的な議論の対象ではない。「法論の中心なり」、釈尊がお説きになった教えの中心である。釈尊のお説きになった教えの中心は何かというと、具体的な場所でありますから、結論的にいうならば、「この場所」というふうな理解の仕方もあるわけであります。したがって、「法論の中心なり」、釈尊がお説きになった教えの中心を東方と呼ぶ。「 頭の中央なり」、「 頭」というのは握りこぶしでありまして、行ないを象徴しておりますが、行ないの真ん中が東方であり、光輝く世界である。「東方を罣礙すといへども、光明の八両なり」、その点では、そういうふうな具体的な場所というものが「東方」と呼ばれているのであるけれども、それはまた輝かしさというものを別の言葉で言い換えた言葉にすぎない。
なぜ「八両が」そういう意味を持っているかといいますと、中国の重量の単位として八両というのは一斤の二分の一に当たるわけであります。そこで「光明の八両なり」というのは、同じ目方を八両と呼んだり、あるいは半斤と呼んだりするというふうな中国の重量の比較の問題から、「光明の八両なり」という形で、輝かしさというものの具体的な実情を指しているということになります。
「此土に東方あり、佗土に東方あり、東方に東方ある宗旨を参学すべし」、そこで、そのような具体的な場所というものは、このわれわれがいる現在の地点にもあるし、別の世界にも具体的な場所というものはある。「東方に東方ある宗旨を参学すべし」、具体的な場所というものはどこにでもあるんだというふうな勉強の仕方をすべきである。
「万八千といふは、万は半 頭なり、半即心なり」、インドでは無限という数量の単位の考え方がありませんでしたから、大きな数字を表すときに「一万八千」という言葉を代表として使ったということがあるわけであります。そこで一万八千というのは非常に大きな数を指すわけでありますが、「万八千といふは、万は半 頭なり」、万という大きな数というものを考えてみても、われわれが現在の瞬間において行なう実行の具体的な姿でしかない。「半 頭」というのは、「 頭」が行ないを指しておりまして、それの半分というふうな表現が「半 頭」でありますが、そういう具体的なごくつまらない事実そのものが「万」というふうなたくさんの数で表されている。また、「半即心なり」、その点では、現在の瞬間における心というものの半分が「万」という言葉の意味でもある。
「かならずしも十千にあらず、万万百万等にあらず」、したがって万という数字も千が十集まった数ではない。万万百万というふうに非常に大きな数でもない。
「仏土といふは眼睛裏なり」、真実の世界とは何かというならば、われわれの眼に見える世界だ。「眼睛」というのは眼の玉でありますし、「裏」というのはその中という意味でありますから、「眼睛裏」というのは、われわれが見る範囲の世界だ。真実の世界といってみても、われわれが眼にしているこの世の中自体である。
「照東方のことばを見聞して、一条白錬去を、東方へひきわたせらんがごとくに、憶想参学するは、学道にあらず」、そうして、「東方ヲ照ラス」という言葉を見聞きした場合に、一本の白い絹糸が遠くまでずうっとつながっているというふうな理解の仕方をするけれども、そのような理解の仕方というものは釈尊の教えを勉強する立場とは違う。そのことを、「照東方のことばを見聞して、一条白錬去を、東方へひきわたせらんがごとくに、憶想参学するは、学道にあらず」、東のほうを照らすといった場合に、白い光が東のほうにずうっと長く続いているんだというふうな勉強の仕方をするならば、釈尊の教えを勉強していることにはならない。
「尽十方界は東方のみなり、東方を尽十方界といふ、このゆえに尽十方界あるなり」、その点では、宇宙といってみても、具体的な場所でしかない。宇宙といってみても、頭の中で考えてとてつもなく大きな世界だと考えているのでは、本当の意味の宇宙というものが実感できない。東方というふうな具体的な場所をとらえたときに、宇宙とはどんなものかがわかってくる。
そのことは、この井田両国堂の坐禅道場の二階の講義室にいるということが宇宙の中にいるということの事実。だから宇宙といってみても、抽象的に頭の中でぼんやり考えるのではなしに、いま自分がいる場所が宇宙だというふうなとらえ方をここでは述べているわけであります。そこで、「尽十方界は東方のみなり」、宇宙といってみても、具体的な場所があるだけだ。「東方を尽十方界といふ」、具体的なこの場所を宇宙と呼ぶ。「このゆえに尽十方界あるなり」、そういう考え方をして、宇宙とは現在自分たちがいるこの場所だというふうな理解をすることによって、宇宙そのものの存在が実感できる。
「尽十方界と開演する話頭、すなはち万八千仏土の聞声するなり」、そこで、宇宙全体というふうな言葉を使うことによって、「すなはち万八千仏土の聞声するなり」、無数に広がっている真実の世界というものがどんなものかということが聞こえてくるのである。
こういう形で、道元禅師が輝かしさというものに関連して、まず言葉を使ってその内容を表現されたということになります。
いちおういつもと同じような時間がきましたので、ここできょうの話をとめまして、またご質問を受けるということにしたいと思います。何かありましたらどうぞ。
問 先ほどの先生のお話で、新潟大の安保教授のお話なんですけれども、この前いただいたプリントに、先生のお話のように、免疫学というのは自律神経で非常に証明されているというお話ですね。
そこでもうちょっと踏み込んだお話がありまして、それはどういうことかといいますと、要するに自律神経と白血球というのは相互関係にある。白血球ですと、外敵が入って来ると、リンパ球が出て行ってそれをやっつけるというふうに通常知られております。リンパ球というのは副交感神経のほうに作用している。それから交感神経のほうでは、やはり同じように顆粒球という白血球の一つなんですが、それがありまして、たとえば副交感神経が強く働くとリンパ球が増えてくる。それから交感神経が働き過ぎるとやはり顆粒球が増えてくる。どっちも増えすぎるとやはりよくないわけですね。病院へ行きますと血液検査をやりますけれども、そのときに白血球の量を見て判定が出るわけです。
そういった中で、もう一つ学会の説で、ガンというものが昔から騒がれていますけれども、森下敬一先生という方がおられまして、先生の研究機関が御茶ノ水にあるんですけれども、この先生はどういうことをやっているかというと、玄米菜食主義、それから動物性蛋白質ではなくて植物性蛋白質をとりなさいと。その理由は、ガン細胞というのは転移するのではなくて、赤血球が変じて出て来るもの。要するに細胞のつくられる過程というのは、通常の学説ではなくて、この先生のいわゆる赤血球が変じて細胞がつくられるということで、とにかく血液をきれいにしておくとそういった病気は防げると。やはり森下敬一先生も自律神経ということを指しておりまして、もちろん坐禅ということは先生はお知りにならないと思うんですけれども、深い呼吸をすると自律神経がバランスする。
それからもう一つは斉藤孝さん、慶応大の教授ですけれども、この方も学生を教えるときに、疲れてくるとやはり深呼吸をさせて、この先生は臍下丹田法によって深呼吸をすると自律神経がバランスするということをご自分でもやって、それから学生に勧めるという話を聞きました。
そこで、この前いただいたプリントの安保先生に私は実は先生より先にきょうメールを打ったんですね。どういうメールかといいますと、安保先生のこの前の講演の内容を見てたいへんびっくりしました。それは、自律神経と白血球の話というのは初めて聞きましたということですね。
自分は坐禅をやっているということはあえて出しませんで、自律神経の均衡を図るためには、坐禅による方法と、それから丹田法による方法がありますが、先生の見方はいかがなものでしょうかというふうにメールを打ちました。
たぶん返ってこないんじゃないかと思ったんですが、ところが数時間後に返ってまいりました。そしたら先生がひと言、「私の書いた『免疫法』にそのことが書いてあります」というメールをいただきました。まだ読んでいないんですけれども、早速読んでみようかなと思いまして。
答 ああ、そう。
問 で、先ほどの先生のお話を聞いて、私もこの前忘年会がありまして、忘年会といってもただ単に酒を飲んでワイワイやるんじゃなくて、自分がいまどういう仕事をしていて、どういうことに打ち込んでいるかという話を二十人ぐらい集まってやったんですけど、そのときもやはり自信を持って、坐禅の話は前からしていましたけれども、やはり免疫学的にも安保先生という方がおられて、自律神経というものを非常に強調しておられるという話しをしてまいりました。
答 ただ、そういう動きがいまの社会の全体のパーセンテージからいくと実に小さいんです。だから多少問題にしなきゃならない程度に大きくなると、私は潰される危険があると見ている。だからそれを避けるためにどうしたらいいかということを考えなきゃならないというのが私のいま考えていることです。
問 私は話をするにしても、やはり坐禅によって自律神経がバランスするということと、健康にいいことで、これで免疫学的にも、まあ医学の立場から立証されたわけでありまして、非常に話しやすい、それから心強いというふうな印象を持っています。
答 時代の流れがそういう流れになってきているということは事実なんだけど、どうやって育てるかということはこれからなかなかたいへんだという印象です。
問 それからもう一つお伺いしたいんですけれども、先生が『仏教―第三の世界観』で仮説ということで自律神経というものを説いたということなんですけれども、それは坐禅をされて、そうではないかというふうに感じられたわけですか。
答 いや、そうじゃなくてね、やっぱり心理学の勉強をした。だから、そういう考え方の出て来る出発点の一人の偉大な人物はフロイトですよ。彼が人間の意識について、人間が気づいている意識ばかりではない、人間の気づかない意識があるということをいい出した。これはやっぱり考え方の一つの非常に大きな拠りどころなんです。その後に今度は生理学の立場から、その無意識の世界に相当するものとして、自律神経の発見があったわけです。だからそういう形で、人間には気づかれないんだけれども、人間の体の中にあって、実際に働きをしている部分があるという理論がはっきりしてきて、それが何かということについて、坐禅で考えている「等」とか「定」とかいう坐禅の境地そのものではなかろうかという仮説を生み出したというのが実情です。
だからそういう考え方の出て来た一つの根拠は、心理学の立場でも、交感神経が強過ぎるということは危険だという考え方がアメリカの心理学者のカール・メニンガーという人の著作の中に出て来るんです。それで交感神経が強過ぎると非常に攻撃的になる。で、その外部に対する攻撃が失敗したときに、攻撃の勢力が自分自身に向かう。それが自殺だ。だから自殺というものの原因は交感神経の強過ぎる状態と関係があるというふうな理論があって、私はその本を読んで、「いや、これは本当だな」という印象を持った。
だからそういう点のいろんな積み重ねから、釈尊の説いておられるのは、自律神経のどっちが強過ぎても健康でないから、その両方が同じ力になるということが釈尊の教えとして生まれたという仮説を持ったということになります。
問 十年ぐらい前ですけれども、慶応病院の若いお医者さんで近藤誠先生という方が『患者よ、ガンと闘うな』という本を出したことがありまして、これがかなりセンセーションを巻き起こしました。
当然賛否両論があるわけですけれども、やはりそういう本を出しますとその道のボスと対立しますから、それからもう十年近く経っていますが近藤先生は依然として講師のままで、ぜんぜん出世していないですね。
だから何でもそうだと思いますが、新しいことを言い出すと、必ず抑え込まれるというか、抵抗勢力というものが現れる。それが何年か経ってどういうふうに落ち着くかということは、ちょっといまのところわかりませんけれども、先生はいろんなことをご覧になってきたと思いますが、どんなふうに思われますか。
答 その点では、人間というものは真実を追求しないと人間としての価値がないということ。ところが、社会生活というのは、真実なんかどうでもいいんです。(笑)飯が食えるかどうか、社会的に評価されるかどうかが問題だから、もうそんな真実なんてばかなこと追求している人間は地球上に生存の価値はないと考えられるほどおかしな姿勢なんです。
だけども道元禅師はもうはっきりと真実を追求することだけが人生だ、それ以外の人生はまったく無意味だという考え方を貫いておられるし、その出発点が釈尊なんです。
だからそういう形で釈尊の教えというものは人類にとっていかに貴重なものかというのがあるけれども、社会生活をしていると、「いやあ、そう本当のことをいっちゃおしまいだよ」という態度で、「和やかにいきましょう」という共同作業があるから、だから人類というものが和やかであるかもしれないけれども、問題が解決しないという性格を持っていることになると思います。
問 いま私は健康で毎日坐禅ができるんですけれども、この間ちょっとお友達と話したら、「もともと体が不自由で坐禅ができない人はじゃどうすればいいの?」とか聞かれたんですよ。「それはその人の問題だから、わからない」といったんですね。
いまは私も健康だからやっているんですけど、これから先、ほんとに坐禅を基本に生きているから、「病気になって坐禅ができなくなっちゃったらどうしようか」と、ちょっと考えたりすることあるんですよ。
答 その点ではね、坐禅を続けていると「病気になれません」。(笑)
問 ああ、そうですか。
答 だからその点では、坐禅を続けていると病気になれないから、病気になったら困るという事情は起きないと思います。
問 それで、もともと不自由な方は……。
答 だからその点で、不自由な方は、不自由な程度でやれる努力をすべきだと。
だからこの道場にもご年配の女性の人で足の曲がらない人が来ていたんです。で、そのときは片足だけ曲げて、片足を伸ばして坐禅をしていました。それでも効果はある。
問 はい。じゃそういうふうにいっておきます。
答 だから「やれる範囲の努力」を各人がすべきなんです。たいていの人がやれる範囲の努力をしないんです。
問 じゃ、別に足を組んで、手を組んでじゃなくても、できる範囲でやれば……。
答 うん。だからやれる範囲の形で、姿勢を正して坐るという努力が健康につながるということです。
問 正座でもいいし、形は違っても、背骨を伸ばすということですね。
答 そう、それが一番大事です。
問 はい。ありがとうございました。
問 そういう点では、椅子に坐っていてもいいわけでしょうか。要するに足を組まなくて。そういう質問があったんですが。
答 そこでね、足を組むということは、足の血液の循環をよくする効果があるように思います。だからそういう点では、椅子に坐って足をだらんとしていますと、足がむくむんです。だから結跏趺坐、半跏趺坐をしていれば足のむくむ状態が起きないというふうなことと関係しています。もちろん、ぜんぜんやらないよりはいい。
だから電車の中で椅子にかけていても、姿勢を正して坐っている場合と、姿勢を悪くして坐っている場合とでは、人生におけるよい悪いの区別は出て来ると思います。
問 私も昔サラリーマンをやっているときに、床に坐ると目立っちゃうので、ときどき椅子に坐ったままやってみたんですけど、たぶんそれでもいいのかなという印象があってね。
答 いや、その点では、やらないよりはだいぶいいです。
問 それから免疫力の話なんですけど、私も五年ぐらい毎日家で坐禅をしていますが、仕事の合間にできるので、かぜをひいてもすぐ治るというのは、これはやっぱり坐禅の効果じゃないかなと思いますね。
答 うん、それはありますよ。沢木老師は「坐禅をしているとかぜはひかん」といっていたけど、私は坐禅をしていてもかぜをひくことはよくあった。(笑)
問 一二六ページの後ろから二行目の上のほうに、「憶想参学するは、学道にあらず」とございますね。「憶想」というのは、頭の中で空想しているとか、頭だけが動いているとかということで、体を動かさないということが憶想なんでしょうが。まあイメージとかありますけど。
結局道元禅師というのはイメージだけを追っていちゃだめだよと、やはりそういうことをおっしゃりたいわけですか。
答 うん、そう、そのとおり。だからね、頭で問題を考えることが人類を幸福にするかどうかという問題なんです。
今日本屋さんに無数といってもいいくらい本が並んで、みんな一所懸命本を読んでいるけれども、本を読んで頭で問題を考えることが人間の幸せにつながるのかどうかという問題があるんです。
釈尊の教えはそれを指摘したんです。頭で問題を考えるよりは、体の状態、心の状態を正しい状態に置けというのが釈尊の教えです。
だからそういう点では、釈尊の教えが今後人類が迎えるであろう新しい時代の指導原理なんです。だからその指導原理をしっかり立てるためには、慎重に対処していかないと、反対勢力の攻撃に遭って潰れる危険がある。潰れた場合には、大切な教えが壊されてしまうことになるから、そういう可能性というのは極力慎重に避けなければならないという問題があると思います。
問 それから太宰治という作家の名前が出ましたけれども、この人が晩年に、まあ晩年といっても三十代後半ですけれども書いた本で『人間失格』という本があるんですね。これはいまでもベストセラーなんですが。
なぜこういう本が大勢の若者に読まれるかというと、やっぱり自信のない人がこの本を読むと、「ああ、自分の気持ちをこの天才小説家が代弁してくれる」といって安心するんだそうですね。
そういうことから考えても、自信を持つということはやはり大事なことなんだけれども、難しいことでもあるというふうに感じますが、先生はどのように思われますか。
答 いや、そのとおりです。自信というのは自律神経がバランスしていないと出て来ない。だから頭で問題を考えて心配ばかりしている場合は自信は出て来ないんです。それから今度はもう気分がたるんでしまって怠けて怠けてその上怠けても自信は出て来ないんです。自信というのは、自律神経がバランスして、やる気の起きているときが自信なんです。
だからそういう点では、釈尊の教えに今日の人間社会の問題の解決が全部つながっているんです。そういう大きな思想の変化が人類にとって近づいているけれども、大切にそういう事態をつくらないと、今日の既存勢力によって正しい真実が壊されてしまう可能性は十分にあるんです。
問 太宰治と並ぶもう一人の天才的な人で三島由紀夫という方がいましたけれども、あの人の最期の行動も異常としかいえませんが、あれは自律神経ということから考えたらどんなふうに考えられますか。
答 だからその点では、太宰治という人と三島由紀夫という人とは正反対の状況にあったんじゃないかと思います。だから太宰治という人のほうは、もう自信がなくなって、やる気がどんどん、どんどん減っていくような状況だったんだと思う。それから三島由紀夫という人のほうは、やる気満々だったけれども、独りで走り過ぎたから倒れざるを得なかったということになると思います。
問 わかりました。
問 先生、やる気満々ということは、交感神経が強いんじゃないんですか。
答 そうそう。
問 そうですよね。だからやっぱり普通といったら変ですけど、あんまり満々でなく、やることは自然にできたほうがいいわけですよね。
答 そうそう。だからそういう点では、「行動的である」ということが仏道の世界。頭で考え過ぎる世界も仏道の世界じゃない。もう一切諦めてしまう世界も仏道の世界じゃない。自分自身の足元を見詰めて、しっかり生きていくというのが仏道の世界、一番楽しい世界、一番安定した世界だけれども、たいていの人はそれが嫌いなんです。
「もうちょっと頑張ります。もうちょっと頑張ります」と、頭の中だけで頑張っていて、体がちっとも動かない場合もある。たるみにたるんじゃって、もう手を動かすのも嫌だという状況もあるわけです。そのちょうど中間に人間の世界があるんだけれども、その中間の人間の世界というのに気がつく例が今日まで少なかった。
だけども、原理的に釈尊の教えが正しいということが理解されてくると、そういう時代が早晩来ると思います。だからそういう一つの過程として、安保さんの医学理論なんていうものは非常に有力な根拠になるわけです。そういう時代が近づいているんだから、そういう時代の到来を実現するために、社会の全員が注意をしなきゃならんという問題があるわけです。
問 行動するということにも、やっぱりちょうどいい行動の仕方というのがありますよね。やり過ぎちゃうとか、それもやっぱりちょっと交感神経が強い状態ですよね。
答 いや、そうじゃない。その点では、行動というものは自律神経がバランスしていないと実現しない。
問 でも、実際やり過ぎで、うまくいかなくなったという行ないもありますよね。
答 それは焦りであって、現実を見失っているから。
問 ええ。でも、まあいちおうその状態で行動は起こすわけですよね。
答 いや、だからそれは本当の正しい行動なのかどうかということに問題があるわけです。
問 ええ。だから行ないといえども、やっぱりバランスした行ないと、バランスしていないで突っ走ってしまった行ないというのははっきりあるわけですよね。
答 そうそう。だから本当の意味で行ないを実行するということは、バランスした状態でないとできない。だからそれは三島由紀夫さんが最期を遂げた状況というものに、正しいという評定を与えるかどうかという問題なんです。三島由紀夫さんは正しいと思っておやりになったんだろうけれども、客観的に見ると、果たして正しかったのかどうかという問題が残るわけです。
問 ええ。そうすると、行ないが常にバランスしていないと…。
答 うん。だからそういう点では、三島由紀夫さんなんかの行動は、本当の行ないといえない。焦りに基づいた間違いということになるわけです。
問 ああ、そうすると行ないは行ないだけれども……。
答 (きっぱりと)いや、本当の行ないでない。
問 でも、生理学的にいえば行ないですよね。体を動かしたわけですよね。行動したわけですよね。
答 いや、だからそういう点で、行ないというものは宇宙の原則と合っていなければ行ないといえない。
問 ああ、そういうふうに仏道では考えるんですね。
答 そうそう、そのとおり。
問 そうすると、われわれは体を動かすときに、これは本当の行ないかどうかということを……。
答 うん。だからその点では、自律神経がバランスしているかどうかで決まるんです。
問 そういうことですよね、というか、行ないを普通の私たちが考えるように、われわれの行動を全部行ないというふう取とると、結局動くんだけど、いつもやり過ぎて、ちょっとあんまり……という人もいますしね。
答 うん。だからその点では、やり過ぎちゃいけない、やり足りなくてもいけないというのが釈尊の教えです。
問 そうですよね。だから行為といえども、仏道の行為は、ちょうどよくないと行ないとはいわないというふうに……。
答 うん、そういう見方になるということが事実です。
問 言葉の問題なんですが、一二二ページの後ろから三行目の「竜天の光」なんですが、これは稲妻のことを指すんですか。
答 うん、これは稲妻のことを指すかもしれないね。
問 というふうに理解してよろしいですか。
答 うん。
問 ありがとうございました。
よろしいですか。私の言葉はだんだん荒っぽくなってきたけれども。(笑)
それでは、普回向を唱えて終わりにしたいと思います。
普回向 唱和