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したがつて坐禅の修行法が仏教における中心的な修行法であることは歴史的に否定することが出来ないけれども、
不思議なことに坐禅が何故仏教哲学の上で意味があるのかという問題については、20世紀において近代的な
心理学や生理学が盛んになるまでは、はつきりしなかつたように思う。
しかし幸いにして欧米社会における近代的な心理学や生理学の發達によつて、坐禅が何故仏教哲学の研鑽の
ために必要であるかがはつきりして来たことは、仏教のためにも科学のためにも、人類社会のためにも極めて幸せな
事実であつた。
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先ず近代の心理学においては、われわれ人間にとつては通常気付かれていない無意識の世界のあることが
発見された。それと同時に近代の生理学においてはわれわれの体内における自律神経の存在が明瞭になつて来た。
そしてこのような二つの重大な発見を通して、坐禅の仏道修行における意味を考えて見ると何故坐禅が仏道修行の
中心的な修行法であるかという事情がはつきりして来る。
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例えば道元禅師は正法眼蔵の中で師匠の天童如浄禅師からの教えとして、坐禅は身心脱落であるという主張を
しているけれども、この身心脱落という思想が何を意味するかということについても、近代科学の知識を借用することに
よつて明瞭になつて来たように思われる。
近代における生理学の教える処によると、われわれの体内には自律神経と称する神経組織が存在するが、この
神経はわれわれが普通、神経組織と考えている脳脊椎神経とは別であり、脳脊椎神経は人間の意思で動かすことが
出来るけれども,自律神経の場合は通常、人間の意思で動かすことが出来ない。例えばわれわれが何らかの食物を
食べると、その食物が胃や腸に移動して行き、栄養となり血液と成るような働きは自律神経の働きである。
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またわれわれが緊張すると心臓の鼓動が早まり、逆にわれわれの緊張が緩むと心臓の鼓動が遅くなるような現象も
自律神経の働きである。そのように自律神経はわれわれの意思では動かすことが出来ないけれども、一方、
われわれの心身の働きに対しては想像以上の大きな影響力を持つている。
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また自律神経は交感神経と副交感神経との二つの神経に分かれており、しかもこの二種類の神経はそれぞれ反対
の働きをする。
交感神経が強いと人々は緊張する傾向があり,
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副交感神経が強いと人々は緊張から解放される。
交感神経とわれわれがものを考えることとが密切な関係があり、副交感神経とわれわれの感覚器官の働きとが
密切な関係を持つている。別の表現を取れば
交感神経が強い時にはわれわれは心に対する意識を持ち、
副交感神経が強い時には肉体に関する意識が強よい。
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処がわれわれが姿勢を正して坐禅を始めると、交感神経と副交感神経とが同じ力になり、人間にとつて最も自然な
プラス・マイナス・ゼロの状態が現れる。われわれの心の中でも体の状態の状態の中でも、意識ははつきりしているので
あるが、物事を考えたり感じたりする働きが消えて、ただ坐禅の姿で坐つているという状態が現れて来る。
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これが身心脱落の状態であり、自受用三昧と呼ばれる状態である。この状態は意識が消えた状態と誤解されては
ならない。意識は極めてはつきりしているのであるが、物事を考えたり感じたりする状態が消え、ただ坐つているという
行いの状態が現れるのである。
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中国では安定しているという意味から「定」という表現が使われたり、交感神経の力と副交感神経の力とが等しいと
いう意味で「等」という字も使われている。坐禅の目標としている処はこの状態である。
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したがつて坐禅をしている状態が正に身心脱落の状態であり,何か別に「さとり」というものがあつて、ある日突然
現れて来るという性質のものではない。
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別の言葉でいえば唯坐つていることの中に尊さがあり、したがつて唯坐るという意味の「只管打坐」という言葉が尊重される。 |
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道元禅師は坐禅の内容を四つの言葉で表わしている。「非思量」と「正身端坐」と「身心脱落」と「打成一片」である。 |
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「非思量」とは
考えることではないという意味であつて、物事を考えさせるために公案と呼ばれる物語を宿題として
修行者に与えるなどということは、坐禅がどのようなものかが全く解つていない人々が考え出した誤解で
ある。
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「正身端坐」とは
姿勢を正しくしてきちんと坐るという意味であり、坐禅が身体の上の努力でもあり、坐禅の時の姿勢が
非常に大切であることを示している。
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「身心脱落」の意味は既に説明した。
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「打成一片」とは
坐禅をしていると、身体と心とが一つに纏まつて唯坐つているという状態が現れて来ることを云う。
人体の秘密ともいうべき自律神経系−内分泌系−免疫系の相互のメカニズムはこちら。
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(西嶋(愚道)和夫)
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